Information

注目

9784062201568_w

初の小説「COLORS」(講談社)

著作・装画・装幀・挿絵
カスヤ ナガト

コチラよりレビューを頂戴しております

 

悪さ2%、その他98%

気持ちのいい風に吹かれると、なんだか透明な気分になれて心地いい。部屋に籠ってばかりいると、そんな当たり前のことにも中々気づけなくて。強風に荒らされたベランダに後から気づいて、ため息をつくばかりの日常。もっと、外に出なければ

先日、友人に誘われてライブハウスへ。そこは、高校生の頃に入り浸っていた場所で、どこを見ても、嫌でもあの頃の思い出が蘇ってくる

あの頃のわたしは、今でもそうだけれども、本当に子どもで。向こう見ずで、頭が悪くて、勝手に世界を狭めている井の中の蛙。一つ一つ思い出すたびに赤面するばかりだから、ライブも途中だったけれど、妙に居心地の悪さを感じて、一人で先に出てしまった。どうやらあの頃を肯定して懐かしめるほど、まだ大人にはなり切れてなかったみたい。日頃、昨日の自分にも反省する有り様だから、まだまだ人として、初心者マークが取れていないのでしょう。大丈夫、人生は長い

その後、友人と合流して居酒屋に。初めて入った店だったけれど、すごく魚が美味しくて、お客さんもあったかい感じで居心地がよかった。また行こうと心に決めて、家路につく

昨夜は二人で、何の話したっけな。きっと、大したことは話してないんだろうな。大した話をしなくてもいいなんて、旧知の友はなんて楽なんだろう。ありがたいと思っておこうか。まあ、絶対に言わないけど

明日もよしなに

 

夢魔も待ちくたびれる夜

子どもの頃から寝るのが下手で、ベッドに入って2時間過ぎても眠れないことなんてしょっちゅうで

それは今でも変わらないからもう開き直ってしまっていて、幸い出勤も何もない仕事をしているから、眠くなったら寝るという犬のような生活を続けてもう、何年になるだろう。そんなだから生活サイクルがずるずると後ろにずれていって、遂には1週してしまうことの連続で、曜日感覚なんてあってないものになっている。まあ、十中八九体に良くはないのだろうけれど、睡眠薬とか飲みたくないので今のところは正すつもりもなく、特に対策もしておらず。眠れないことで逆にストレスを溜めるのも、なんだか本末転倒な気がして

昔のことって、ほとんど覚えていない性質なのですが。本当に小さいころに、布団の中で眠れずに、宇宙の広さを想像してしまい怖くなってしまったことを何故か今でも覚えている。無限って、なに。終わりがないって、どういうこと? 未熟な想像力では解決出来ずに、その途方もないスケールの大きさに、ただただ圧倒されて布団の中で震えていた

今ではある程度知識もついて、当然上記のようなことは無くなったのだけれども。それでも宇宙って個人の感覚で捉えきれるものではないし、今でも解明出来ていないことだらけで、興味の対象になっているのは変わらない。最近はダークマター研究がアツいですね。ワクワクしてくる

きっと生きている間にわたしが宇宙に行けることは無いし、全ての謎が解かれることも無いのだろうけれども。人に想像力がある限り、未知への探求は永遠に続いてあれ睡眠の話どこいった?

明日もよしなに

 

ペンタブの芯のすり減った分は何処へ消えているんだろう

本日は快晴なり。こんなピーカンに家に籠っているのも勿体なくて、眩しい青に惹かれたようにお外へ飛び出した。動き易い恰好に、キャップを被って

家にいると体を動かさないから、血流も大人しく涼しいくらいだったのに。ほんの数分歩けば、じわじわ滲んでくる汗。今日は暑かったんですね。外回りの背広組に、永田裕志風に心で敬礼。Tシャツは、シンスケ・ナカムラのちょいとしたプロレス馬鹿

途中、のどの渇きを覚えて自動販売機に立ち寄ると、ダイドー系のあたりクジ付きのやつだった。子どもの頃に一度だけ当たったことがあるから、どうせ当たらないと思いながらもチラチラ気にはしていたのに。いつの頃からか、当たらないものとしてお釣りを待っている自分に気づく。大人になるって、こういうことだっけ? よく分からないなあ、そもそも関係あるのかなあとかぶりを振って、飲み物を手に取った。なんで小説風?

いつも、ブログを書き終わってから次はあれを書こう、いやあれがいいんじゃないか? とか考えるのだけれども、いざこうして書き始めてみると何も浮かばなかったりします。エンジンと一緒で、脳みそにも暖気が必要なのだろうか。少し文章を書いて、ちょうど温まってきた頃にはもう結びに差し掛かっている

そうだそうだ、自分は割とスロースターターなところがあった。それでも使い続けていれば段々調子も上がっていくだろうし、未来の自分に期待して今日もそそくさとお仕事に戻ります

明日もよしなに

 

野球少年になり損ねた大人たち

今日は、体のメンテナンスにいつも行っている整体へ。先生と話が弾んで居酒屋トークみたいになってましたが、歩き方や、ストレッチをしっかり教わって心身ともにリフレッシュしてきました。本当に、体の使い方って大事なことを痛感する

その帰りに、少し体を動かそうと思い、バッティングセンターへ。野球経験0の野球好きですが、以前に80キロも打てなかったことが悲しくて通いつめ、今では素人なりに、110キロでバシバシ打てるように。今日は120キロに挑戦してみましたが、何本か前に飛んで、目が慣れてきたあたりで終了。草野球をやっているわけでもないし、まあまあ気長に行きましょうということで収穫はセンター前ヒットのみ(コイン一枚)

あらかた打ち終わってのんびりしていると、お父さんに連れられて、少年二人が打席に入る。まだ体も出来上がっていないのに、ユニフォーム姿で、重いバットを一生懸命振っている野球少年達。これがまた上手くて、しばらく眺めておりました

小学4年生くらいのお兄ちゃんは、体の軸が全然ぶれてなく。小学1年生くらいの弟くんは、まだバットに振り回されているけれども、しっかりとミートをするんだ。それを見つめるお父さん

ああ、いいなあ。すごくいい光景だなあと感じ入りつつも、あんまり見つめていると悪いかなと思って、汗を拭って帰路に就く。自宅にてペンタブを握り、ちょうど子どもを描くところだったので、スイスイと筆を進めて今、出来たところ

なんだか今日は、上手く描けた気がする

明日もよしなに

 

筆圧強くてアイテテテ

一枚絵を描いていると、人物は(ものにもよるけれども)大体1~2人とすることが多く、それも決まったポーズなんかがわたしの場合は多いのですが、ここ最近は人物カットばかりを連日描いていて、それぞれに違いを出そうと自分なりに孤軍奮闘しているのですが。そんな中、ふと面白いなあと思うことがある

例えば、顔の描き別けなんてものはまったく意識していないし、したこともあまりないのだけれど、描いたものをずらーっと並べるとちゃんと別人になっているということに気づく

これは今、それぞれにお題があるものを描いているので当たり前といえば当たり前なのですが、各々服装の違いや職業の違いがあるから、別に設定をせずともなんとなく該当のイメージに沿って筆を進めることが出来ているんですね。よくよく見ると、骨格や筋肉の付き方なんかも違う

考えずとも無意識の思考がキチンと選別をしていて、きっとそれはイメージと呼ばれる分野で処理がなされて、ギタリストのアドリブのようにそこに適したものを選択している。「なんとなく」を紐解くと、そういうことになるのかなと一人腑に落ちた気持ちになったりして

感性の動きや、受けるということ、発するということにちょっと意識を向けてみると、自分でも知らなかった自分が発見出来て結構楽しい。それがいいことなら自信に繋がるし、悪いことなら修正していけばいい。そうやって日進月歩、少しは上等な人間に近づければいいなと強く思います

明日もよしなに